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福井ひかり法律事務所の弁護士によるコラムです。

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能登半島地震ボランティア活動日記

2024年06月21日

2024年6月16日、若手僧侶3名で、石川県珠洲市において能登半島地震のボランティア活動に参加してきました。

弁護士として自然災害債務整理ガイドラインなどの生活再建支援に関わっていますが、実際に現地に行って現地の状況、現地の人の生活状況や気持ちを知りたい、できることをしたいと思ったためです。
 
行きは朝6時に福井市を出発して珠洲市災害ボランティアセンターまで片道3時間30分の道のりでした。
のと里山海道は穴水を過ぎたあたりから、路面の舗装修理が追いついておらず、破砕されたまま路面やそれを応急的に補修した大きな段差、破砕面を避けるための急な曲折がありました。一般道に入ってからは、たくさんの倒壊した住居やせりあがったマンホールに遭遇しました。

現地では電力はほぼ復旧しており、水道もかなり復旧している様子でしたし、ドラッグストアーを中心に食料品や生活必需品を販売するお店もたくさん営業していました。仮設住宅も順次建設完了&更なる建設中でした。
 
ボランティア活動の事前準備は、
ー扈Щ垪匈殴椒薀鵐謄アセンターに対して、ボランティアに行く旨を伝えて、現地のニーズとのマッチングを依頼したこと
∋堋村の社会福祉協議会において、いわゆる「ボランティア保険」に加入したこと
ヘルメット、工作用ゴーグル、防塵マスク、防刃手袋、安全靴、踏抜防止インソールを購入したこと
です。
 
ボランティア活動は、その名のとおりまさしく自主的な活動であり、,虜匈殴椒薀鵐謄アセンターを介することなく個人の資格と判断で活動することも可能です。しかし、やはり、ボランティアを求める人のニーズに応じたボランティア活動をするという観点からは、つまり、ボランティア活動の対象地域の立場からは、災害ボランティアセンターを通じてボランティア活動をすることには大きな意味があると思います。

さらには、ボランティア活動に従事する人の立場からも、でケガをしたときに速やかに確実にその補償を受けられるという点でも、,虜匈殴椒薀鵐謄アセンターを介して活動することは大きな意味があります。ボランティア活動で怪我をした場合、単純に△離椒薀鵐謄ア保険に加入していることに加えて、ボランティアセンターからその怪我をした日にボランティア活動に従事していたという証明を受けることが必要になるからです。

△離椒薀鵐謄ア保険は、通常350円(基本プラン)又は500円(天災・地震補償プラン)の保険料がかかりますが、現在、石川県外の人であっても石川県内の社会福祉協議会で申請すれば石川県がその保険料を負担してくれますので、無償で保険に加入することができます。

は、とある作業用品専門店で、合計1万円未満で揃いました。安全靴は、万全を期して、JIS規格を満たす正真正銘の安全靴のうち最高グレードのH種を購入しました(それでも4300円です)。
 
以上が、事前準備です。とても簡単ですし、費用も想定よりもずいぶん安いものでした。
 
さて、ボランティア活動当日は、午前9時30分頃までに珠洲市の災害ボランティアセンターの受付をして、センターが用意したバスやトラックや自分たちの車で活動現場に移動し、活動を開始します。
 
受付会場であるボランティアセンターの駐車場には、金沢ナンバー、石川ナンバー、福井ナンバーの車だけでなく、岐阜ナンバーの車や山形ナンバーの車もありました。「チーム福井」と印字された黄緑色のビブスを付けた大集団もいました。
 
我々は、30代から40代の男性3名のグループであり、災害ボランティアセンターでハンマーを借りて、珠洲市内の2か所の寺院で、崩落した漆喰の壁をハンマーで粉砕して土嚢袋に詰めて災害ごみとして捨てるという作業に従事しました。
 
午後3時30分までに災害ボランティアセンターに戻り、借りたハンマーを返すことになっていましたので、3時ころまで作業をして、災害ボランティアセンターに立ち寄った後、帰路につきました。
 
帰路は、のと里山海道の上りが徳田大津までは通行止めでしたので、下道で帰りました。行きも帰りも車を運転してくれた後輩の疲れたるやすごいものだったと思います(ありがとう)。
 
当日は午後からは生憎というか案の定雨となりましたが(私は生粋の雨男です。)、現地の状況を目の当たりにし、被災された方のお話を直に聞きながら、また、3名で楽しく談笑しながら活動に従事することができ、清々しい、充実した一日となりました。壮年期の大人3名が半日でできたことはたかが知れていましたが、それでも、現地の人からは、「自分一人では『復旧作業をしよう』という気力がおきない」「来てくれて元気をもらった」と言ってもらえました。

実際に伺って初めて分かること、感じることは非常に多く、反対に、壮年期の大人3人が半日でできる内容がこの程度であることも分かり、復興までの道のりの険しさと時間に対して自分たちは何ができるかと大変考えさせられる一日でした。