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福井ひかり法律事務所の弁護士によるコラムです。

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経産省のトランスジェンダー職員のトイレ使用に関する判決

2023年08月17日
7月11日に、非常に注目すべき最高裁判決が出されました。経産省のトランスジェンダー職員のトイレ使用に関する判決です。事実関係は以下の通りです。
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原告は生物学的には男性だが1999年ごろ性同一性障害と診断され、2008年ごろから女性として私生活を送るようになった。健康上の理由から性別適合手術は受けていない。
2010年7月、原告の性同一性障害に関する同僚向け説明会が開かれた。担当職員には、原告が勤務先フロアの女性用トイレを使うことについて、数人の女性職員が違和感を抱いているように見えたため、経産省として、原告に勤務階とその上下の階の女性用トイレ使用は認めないこととした。その後、他の職員とトラブルは生じていない。原告は13年、女性用トイレを自由に使わせるよう行政措置を求めたが人事院は15年5月、認められないと判定した。
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原告は一審では勝訴しましたが、二審では逆転敗訴となり、最高裁で再び逆転して勝訴しました。
これについて、「原告の外見が男性である以上、たとえ性同一性障害であったとしても、女性が恐怖心を抱くのも当然ではないか。なぜ最高裁は、原告の女性用トイレ使用を認めたのか。」と感じられた方もいらっしゃるのではないかと思います。
 
ただ、法廷意見をよくよく読んでみると、違う風景が見えてくるのではないでしょうか。以下がその法廷意見の概要です。
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原告は自認する性別と異なる男性用トイレか、離れた階の女性用トイレを使わざるを得ず、日常的に相応の不利益を受けている。一方、同僚への説明会後、原告のトイレ使用を巡るトラブルはない。人事院判定までの間、見直しが検討されたことはうかがわれない。
遅くとも人事院判定の時点で、原告が女性用トイレを自由に使うことによるトラブルは想定しづらく、原告に不利益を甘受させるだけの具体的事情は見当たらなかった。人事院の判断は他の職員への配慮を過度に重視し、原告の不利益を不当に軽視するもので、著しく妥当性を欠き違法だ。
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つまり、最高裁は「一般的に性同一性障害の男性が女性用トイレを使うことができるか」という問題について判断をしたわけではなく、経産省の職場におけるこの具体的な事例においては、原告が被る不利益やその他の事情を考慮して、女性用トイレを使用させないことを違法と判断したのです。
原告が被る不利益とは、性別適合手術は(特にこの原告の場合)生命・健康への危険を伴うことや、日常的に男性用トイレか離れた階のトイレを使用しなければならないことであり、一方その他の事情としては、説明会が開かれた後、同僚の女性職員との間で原告のトイレ使用を巡るトラブルはないこと、同僚の女性職員が原告と同じトイレを使うことに抱く違和感・羞恥心は、トランスジェンダーへの理解を増進する研修で相当程度拭えるのではないかということ、また経産省内のトイレであるため、事情を知らない外部の女性が原告と同じ女性用トイレを使用する可能性は低いこと等が挙げられます。
 
そう思うと、納得される方も多いのではないかと思います。
 
実際に、今崎幸彦裁判長も、大要「「性同一性障害の男性が女性用トイレを使うことができるか」という問題については、事情はさまざまで一律の解決策にはなじまない。現時点では本人の要望と他の職員の意見をよく聴取し、最適な解決策を探る以外にない。今後、事案のさらなる積み重ねを通じ、標準的な扱いや指針、基準が形作られることに期待したい。」という補足意見を述べています。
社会のルールを作るにあたっては、ざっくり作るのではなく、様々な事情を考慮して作らなければならないということが分かる例なのではないかと思います。